だけど現実は甘くなくて

気分だけだったというオチ。そりゃおかしいよね、一日で熱が三度も下がるわけ無いよね。
結局咳する度に頭がガンガン響いて、ベットでのたうち回る一日でした。


夜中にはい出して、とりあえずなんか食べなくてはとおじや食いながら、たまたまテレビでやっていたものまねバトル49をぼーっと見ていたわけですが、山寺宏一サッチモがなかなかにエンターテイメントで面白かった。
昔のネタだったらしく、youtubeにほぼ同じものがあった。もうちょっと洗練されてたかな。

似せ方も声優らしいうまさがある上に、まさかのマウス・トランペットですよ。さすが「尊敬する声優は?」という質問を声優が受けたらとりあえず山ちゃんと言っとけみたいな空気が出来るだけはある。


ちなみにマウス・トランペットといえば、ラウル・ミドンとデニス・レイスが有名ですかね。


うん、まぁそれだけ。


ちなみにものまねバトルのパフューム。

んなアホな。新年会のネタにでもどうぞ。



それはそうとあの人は、また突然な新語(造語?)をなんの説明も無しに当然のように使っとるようですねぇ。
先を見たいというその自意識は分かるけれども*1、意識的かどうか知らないけど結局「新しいだけ」でしかないみたいな形に落としこむのがクセ付いてるのをどうにかした方がいいよ。僕が言えたことじゃないけど薄いなぁって。*2
まぁでも応援はすごくしてるんだ。これとか大好きだしね!

あと「Abusolute」じゃなくて「Absolute」だよ、しょうもない揚げ足取りだけど。
さらに、右のサイドバーの更新履歴が全く更新を反映していないのどうにかなんない?意外と不便よ。
あと、歌姫と音屋って今のニコニコのあの辺の音屋と動画屋とも関連づけて語れない?その二者(もしくはコメント、タグ、N次創作作品を巻き込んだそれ以上)の相乗の上に作品(個別化した「物語」のようなもの)が成り立っているっていう関係。Supercellのryoなんかはかなり意識的じゃん?
なんて本人の知らないところでくだ巻いてみるテスト。結局無視されてるところ見るとこんなとこ見てないよな!

*1:今のオレの自意識の方が相当キモいや

*2:「新しいこと」なんかじゃなくて、これが将来、年代を経たときに重要となると東のような外部の人間に説明できることが、「歴史のない」「歴史の終焉の終焉」ポスト・イストワールすら終わった(よくわからないけど)とでも呼べるような文化に巻き込まれつつある僕たちに、今求められていることなんじゃ無かろうか。それはおそらく音楽に限らず、オタク文化にすら限らないだろう。そしてそれが出来なかったのがあのユリイカでの座談会じゃなかったの?なんか盛り上がってた超ライトオタク言説でも「歴史として考えるとなんか重要っぽい」だから語ろう。みんな語ってよ!で終わっちゃって、肝心のその重要さの説明は?「なんかあたらしい!」だけ?語ってもらったことへの反応にも歴史への考えが薄かったように見受けられるし。ちぐはぐだなぁって。僕が超ライトオタクに一切反応せずに、むしろどうでもいいと思って、他のことについて特に「同人音楽の可能性」についてぐだぐだとあんなに書いていたのはおそらくそんな歴史に対する(なんてそんな大層なもんでもないけど)問題意識があったからなんだと思う(って今思いついた)。超ライトオタクにそれはないから。記録を残すことに意味はあるだろうけども。まぁ問題意識の差でしかないのだろうけど、それこそが僕にとって新たな問題なわけですよ